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학술저널
저자정보
(관동대학교)
저널정보
한국일본어교육학회 日本語敎育 日本語敎育 제44호
발행연도
수록면
89 - 109 (21page)

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強権的な体制をもって国家を成立しようとした日本は、その意志の実行となる日露戦争を起こし、勝利とともに戦後をむかえる。しかし民衆は、旅順から帰還する兵士たちを熱狂的に迎える反面、政府への不信と不満を日比谷焼き打ち事件のような行動であらわした。戦争には勝利したものの、戦争のために強いられた苦しみに比べて、ポーツマス条約の代価は屈辱に近い内容に思われたからだ。これは当時の日本の民衆が「帝国」の観念と愛国心にどれほど強く捉われていたかを物語っている。それと同時に、日露戦後社会の基本が、勝利と屈辱、喜びと虚脱、国家への愛情と政府への反感など、相反するものの交差する、二重的な構造の上に成立した事実を象徴している。 百姓、町人、武士が完全なる「国民」として生まれ変わったのはこの時期で、文士も例外ではない。ペリーの来航以来芽生えはじめた「日本」という「国家」の概念と「日本人」という「国民」の自覚は、日清戦争を通して強く意識され、日露戦争という直接の動機によって確立した。日本の自然主義文学はこの「国家」成立の真只中で、「国民意識」とともに生まれたのだ。なかでも〈真面目(しんめんもく)〉な態度を戦後文壇の第一条件とし、その実行を〈人生に対する深刻なる考究、真摯なる態度〉に求めた戦後の決意は(上田敏)、そのまま日本自然主義文学の本質として定着する。 無技巧を強調する花袋の「露骨なる描写」(一九〇四)は最初、イブセン、トルストイ、ゾラ、ドストエフスキーなどからの感化にすぎなかった。しかし日露戦後になってそれは〈自己が人生の中から発見したある事実、それを読者の眼の前にひろげて見せ〉(『小説作法』一九〇九)る方向に発展し、『蒲団』に結実された。西欧から移入された新しい文学気運は、人生に対する深刻かつ真摯な態度を要求する戦後日本の「真面目」な姿勢とあいまって、人生の真実であるなら「美」でも「醜」でも誠実かつ露骨に書く日本の自然主義に生まれ変わったのだ。日本における自然主義文学の行方、つまりフランスの自然主義文学が日本の自然主義文学となったのは、西欧文芸の「誤解」ではなく、当の時代性、「日露戦後」という社会的背景による当為的な「屈折」だったのである。 『破戒』と『蒲団』がそろって「逃げる結末」に終ったのは、日露戦後の二重的な社会性の、文学におけるあらわれだったと解される。戦争を通して愛国心を有する普遍的な「国民」であった藤村と花袋は、勝利と屈辱、喜びと虚脱、愛情と反感といった戦後の二重性に同じく困惑した。彼らの内部で個人の感情と社会の現実が衝突し、自己矛盾を露呈したのである。しかし彼らは、そこから新しい可能性を切り開こうとはしない。むろん戦後的な要求の真面目な態度で人生を考究した結果、瀬川丑松のような、あるいは竹中時雄のような、苦悩にゆれる人間を発見することはできた。ところが、苦悩を押し付ける社会の根本問題に触れ、それを取り壊す代わりに、困惑する状態をありのまま「真面目」に描くだけに終った。当の社会を維持している旧習俗に対して真正面から否定することを、純粋な愛国心によりかかった彼らの国民意識が許さなかった。 本稿では主に自然主義文学者を中心に、日露戦争の影響と、日露戦争の直後に日本社会を支配した‘国民の記憶’を取り戻そうとした。日本の文学史のなかではあまり意識されることのなかった文学者の‘国民’的な道程はこれからも徹底して検証されるべきである。
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