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風を聴覚としてとらえる「風の音」という表現は、漢詩の「春色」に対する「秋声」の発想と和歌の感覚を引き受けたものである。それゆえ、正編の「風の音」は、秋のあはれの印象と結びついている傾向が著しいが、死者への追悼や悲しみ、恋心、女性の不安な心情といった様々な意味に読み取れる。
なお、「宇治十帖」に用いられている「風の音」も、秋風の音である点においては正編の特性と異ならない。ところが、正編の用例に比べて、秋のあはれの情趣の方よりは音を認識する主体の不安や心細さの方が強調されているようである。とりわけ、八の宮の死を境目としてその前後に表われている「風の音」は、八の宮の不在によってもたらされた二姉妹の不安が、ひいては八の宮の死後、姫君たちを脅かす存在が形象化された表現として用いられていると言えよう。
このように、風を音としてとらえて不安を表わする傾向は、匂宮と六の君の結婚によりもたらされた中の君の苦悩が、「松風の吹き来る音」と「椎の葉の音」という聴覚イメージをもって表現されているところにも見出すことができる。
「松風の吹き来る音」は匂宮を「待つ」ことしかできない中の君の現在の位相を示していると言えよう。なお、「椎の葉の音」は椎の木の持つ山里の景物としてのイメージを活かして自然に宇治を想起させ、それに優婆塞、拠り所としての八の宮のイメージを投影していると思われる。このような物語の内的装置に基づき、中の君は八の宮を椎として表現しているのである。
物語は「椎の葉の音」の表現をもって亡き八の宮の存在を喚起する。これは、中の君腹の第一皇子の出産と産養、そしてこれに随伴する八の宮家の復興という、中の君物語の方向を導く働きをすると思われる。
要するに、「松風の吹き来る音」と「椎の葉の音」という聴覚表現は、中の君の現在の苦悩と八の宮に保護されていた過去を表徴する表現であるが、これに限らず、女性として抱えざるを得ない苦悩と、八の宮家の姫君として宮家の誇りを保ちながら宮家の復興の礎を築く人物としての中の君の位相を示す表現として解釈できるのではないかと思われる。
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