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이용수
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映画「硫黄島からの手紙」は人物構成は三つの人物群から成り立つ。まず、西郷をはじめとする兵士たち。彼らは戦闘遂行に対する使命感よりは生き残りたいという一念で満ちている。次は、中隊長の谷田をはじめとする将校たち。彼らは大本営からの命令に従い、兵士たちの私的領域すみずみまでを統制している。そして、総司令官の栗林。彼は公的領域と私的領域の両方を求める複合的な人物で、命を賭けて戦闘に臨むが、生き残って家族との再会を願う心また切実である。
勝利への望みを諦めた栗林は、“家族のために死ぬまで戦うと誓ったが、家族がいるから死ぬことを躊躇う”と言う。その瞬間、大本営から決死抗戦の命令を受けた彼は、西郷に自分の遺品を焼却することを命じて、最後の決戦に向かう。そして致命傷をうけた彼は、息子宛の“もう帰ります”で始まるアメリカでの手紙を回想しながら、駆け付けてきた西郷に“まだここは日本か”と訊ねる。これで彼は軍人としての公的責任と家長としての私的責任両方を全うすることになる。
一方、栗林の人格と合理性に魅了されていた西郷は、自決と万歳攻撃を禁じる彼の命令に従い数回にわたる危機から命を守ることができるが、それと同時に周囲に対する一種の良心的呵責に迫られる。あの様な心的状態から彼を自由にしたのが、“立派な軍人だ”という栗林の言葉であった。それは自決とか万歳突撃で死んだ他の軍人誰よりも公的責任を忠実に果たしたことを意味する。つまり、国のために最善を尽くして戦ったから、もう生き残って家に帰ることに対する後ろめたさなど持たなくてもいいという意味である。
‘硫黄島からの手紙’の顛末はこうである。硫黄島戦闘の総司令官である栗林が家族に宛た手紙が、それから60年後の2005年遺骸發掘團によって発見される。彼の私的な吐露に注目したある筆者が‘硫黄島からの手紙’というもう一編の‘手紙’を書く。そしてこの手紙の受信者の一人である映画監督がまた一編の‘手紙’を書く。そこには硫黄島から来た色んな手紙があり、その手紙に加えられた戦争の話も含まれていた。手紙は帝國の戰爭に対して問い投げる。帝国の名の下で個人の生を根こそぎ揺さぶることが出来るか? 手紙はそうすることは出来ないと、公的領域が私的領域に優先するのは当たり前のことであるが、それといって私的領域の最小限までも犯すことは出来ないと抗弁している。このようにして映畵「硫黄島からの手紙」は戦争の傷痕から探し出した私的な生の価値に普遍性を与えている。
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